試作や思索 ただのさえずり

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『いけ花文化研究』に寄稿しました




このブログがご縁になり国際いけ花学会の学会誌『いけ花文化研究』に
短いエッセイを寄稿しました。
原稿を送ってから一年半。もう出ないのかな??と思っていた先日手元に届きました。
生け花の歴史の英語表記があったり、池坊専応の記事があったりと
個人的にも興味を持ち続けてきた内容の論文がたくさん読めて単純に嬉しく、
また半生を花と美術の間をふらふらと生きて過ごした者として感慨深いです。
(ここ数年はそれに「茶」が加わりました)


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花を透かせて世界を見ること


私たち人類、人がホモサピエンスになる以前から、歴史の片隅にはいつも花があった。
岡倉天心は『茶の本』の中でこう書いている。

  原始時代の人はその恋人に初めて花輪を捧げると、それによって獣性を脱した。
  彼はこうして、粗野な自然の必要を超越して人間らしくなった。

花を媒介に獣は人間になったのだと。
古来より花は人間の生活を彩り装飾してきたが、一方で人間は花を自身の鏡のような存在として捉えて接した。
例えば、17世紀のオランダ絵画にヴァニタスというジャンルがあり、人間の存在の儚さを戒める意味を持っていて、
切り花の美しさが有限であることから、花を描いたものも多くがこれに含まれる。
日本では室町時代にいけばなの前進である立花の口伝を残している池坊専応が、
花瓶に満たした少量の水と数種数本の花木により、江山の絶景に劣らない眺めをあらわし、
かつ人として生きる術やおのれを探る拠り所とした。
その精神は時代を経て20世紀、

  花は、いけたら、花でなくなるのだ。いけたら、花は、人になるのだ。

勅使河原蒼風の言葉に受け継がれた。と捉えている。
いけられたら人になる花。この言葉を如何に受け止め展開させるか。
21世紀以降の課題として心に留めている。
ところで昨冬は暖冬であった。地球温暖化が叫ばれて久しく、ここ数年の夏の異常な暑さは尋常でない。
対して冬は緩い年もあれば凍えて水道管が破裂した年もあり、実は寒冷化しているのではと思うことすらある。
しかし昨冬から春にかけて庭に咲く花を通して、やはり温暖化かとため息をついた。
例年、友人から譲られたクリスマスローズの株が2月中頃から咲き始め、3月中旬に満開になる。
3月はその咲いた花々を写真作品のモチーフにして撮影している。
それが今年は2月中旬に咲いてしまったので予定が狂って少し慌てた。

同じ花でも毎年少しずつ違っていて、またこちらも心理や環境に変化があり、花と人の関係も微妙に変わる。
天候も同じではないので、撮影時の光の状態も違い、毎回が一期一会の表現となる。
この春、花が早く咲いたのは、地球の事情が変わってきたのだから仕方がない。
早く咲いた花から世界や地球の様相が透けて見えた。
身近に生きる花を通して世界を見ること。人間はあらゆるものとの関係から存在する。


斎藤ちさと


斎藤ちさと(美術家)
1971年 東京都生まれ
1996年 女子美術大学大学院修士課程美術研究科版画研究領域修了
2007年より東京農業大学農学部非常勤講師

仏教と素粒子論に共通する「世界は点や粒で出来ている」という考えにインスパイアされ、
粒や点を通して世界を見るための写真・映像・インスタレーション・本などを制作している。
個展やグループ展、アートプロジェクトなどで発表。生け花や茶の湯にヒントを得たイベントも行っている。


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