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松岡正剛氏の「山水思想」から、松岡氏曰く最も読む価値のある山水画(中国禅画から日本に渡来し発展した水墨画)論。矢代幸雄著の「水墨画」を読んでいるのだけど、初版が1969年で一寸前の学者さんの文体がタイムラグを感じさせるもので、加えて私の中国絵画についての見識が追いつかず、同時に図書館で美術全集の図版もあさりつつ亀の歩みで読み進んでいます。
この本は残念なことに絶版で私も古本で入手したものですが、日本美術/仏教美術が好きな人間にとっては独り占めがもったいないような内容が書かれていまして、
私がおぉっ、と思った一部を抜粋します。点々だった私の仏教美術に対する見方が細い線に育ちつつあります。
P123~125より抜粋
「そういうふうに禅宗というものは、もともと実人生を修業の場と見て、そこではげしい、きびしい体験を積んで、自力をもって悟りを開いて行こうという流儀であったから、自力をもって自分の身を救わなければならない武士の修養法としては、すこぶる相違なく、それで鎌倉幕府以降、武士の勃興とともに大いに隆盛し、武士の心肝をしっかりさせるための、宗教哲学的基礎付けをなしたのであった。」
「・・・この禅宗の精神なるものの芸術におけるあらわれ方は、同じ仏教を精神的源泉としたこれまでの奈良平安朝以来続いてきた仏教諸流派によって成されたる仏教美術とは、大いに違ったものにならざるを得ないのであった。それはどういうことかというと、つまりそれまでの仏教美術は、仏菩薩のお姿を立派に彫出、あるいは抽出して、礼拝の対象、すなわち仏像仏画につくり上げ、それらを信仰し礼拝するということであった。それに対して・・・(中略)・・、こと美術に関する限り、
他の仏教諸宗派とは大層異なった考え方を持っていた。それで、禅宗の帰依者は、まず信仰と精神の鍛錬をとをもって、自らの悟りを開き、自分の心を立派なしっかりした心に育て上げる事に努めたのであった。従って自らの心境を、いかにしてその純粋さをもって表現しえるか、ということが、芸術上においても、最も重要な課題になったのである。
(中略)それまでに見られた仏教美術の目標は何であったか。すなわち、何人も死後に往生して安楽に暮らしたいと願うところの極楽世界を描き出すとか、或はまた未来仏である弥勒菩薩が出現して憐れむべき世の中の人々を救ってくださるのを待つ、とか、すなわち仏様の慈悲におすがりして救われるのを待つ、といういわゆる他力本願の仏教信仰であった。ところが、禅宗においては、何よりも先におのれ自身を清浄な澄んだものになし、且つそれをしっかりさせ、それによって、自分自身の救いの道を自力を持って切り開いて行こう、というのであったから、当時勃興した禅宗の宗教意識、ならびにそれに応じて各人が心中に建設せんとした精神的心構えというものは、また同じ線に沿った目標を持ち、純粋な信仰を心に守って、自力をもって自分自身を救おうというものであった。(続く・・・・・・・・」
P132より抜粋
「・・・ところが、この墨というものは、単に黒色に過ぎないようであるけれども、実はその墨の黒色というものは、深き精神的感化力を持っているもので、墨の使用において、そういう精神的感化力を発揮させるように適切に用うるということは、実は非常に微妙であり、また難しいことでもあった。
墨を使う人は、よほど心を締めてかからないと、これを真に適切には、使えない。墨痕淋漓(ぼっこんりんり)などといって、墨をやたらに使って、ただまっ黒に塗抹することによって、痛快なる精神味が出る、というわけのものではない。それで禅に徹した坊さんなどは、逆に惜墨、すなわち墨を惜しむ、ということをきびしく心に守っていたようであった。つまり墨の乱用を防ぐ心構えに、非常に厳格なものがなくてはならなかったのである。
これは世に禅宗水墨画が、ややもすると、乱暴狼藉に筆を振って、単にまっ黒なものをつくり、ついに画を成さざるを戒めるために、その反対極である微茫滲淡たる一種の画風、つまりほとんど眼には見えないほどかすかな調子の画風まで、逆に奨励されるようになった。(以下略)」
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私が興味深い。と感じるのは、
仏教美術は、室町時代に信仰礼拝目的のものから鑑賞目的のものが出現したのだけど、
作者(たいがい禅の画僧)の精神修養の成果が反映されて「信仰礼拝」が「鑑賞」に転換した。
それに、鑑賞者の精神修養の成果も「鑑賞」という行為には反映されるのではないでしょうか。と私は加えたい。
「鑑賞」という行為に至るには何らか精神修養が必須ということじゃないかと。
その精神修養は何も座禅とか読経じゃなくて、日々の生活や人生に起こることに対峙して
いくことで培われると思うのです。
また、一般的に「日本的イメージ」とされる微茫滲淡たるやわやわもやもやした画風は禅の戒めに従った修行の成果。
李成という画僧は「墨を惜しむこと金のごとく」
さらに元の時代の老悠という画僧は「墨を惜しむこと命のごとく」とまで評されたそうです。実は中国が発祥だったのですね〜。
そういえば、昨年見た空海展の曼荼羅も、法然・親鸞展の阿弥陀来迎図も顔料こってりでした。空海は平安時代で法然・親鸞は鎌倉時代に生きた巨匠たち。
それら時代を経て、顔料を惜しいとしながらギリギリのところで描きだす禅画から「鑑賞」
という態度が始まった。興味深いことです。
あと数ページ読んだら、中国の巨匠、荊浩が書いた「筆記法」。
焦らず読みます。